2012/05/09

北条政子の宝篋印塔・・・安養院

安養院は、北条政子が1225年(嘉禄元年)に源頼朝の菩提を弔うために笹目に建てた長楽寺を前身としていると伝えられています。

※1333年(元弘3年)の新田義貞の鎌倉攻めによって焼失したため、現在地に移されたのだといいます。


北条政子の宝篋印塔

境内には、政子の宝篋印塔があります。




宝篋印塔には・・・

「二位政子御法号安養院殿如実妙観大禅定尼嘉禄元年七月十三日」と刻まれています。

政子は、1218年(建保6年)に上洛し、京に滞在中の4月14日には従三位に叙せられ、鎌倉に戻った後の10月13日には従二位に叙せられました(参考:北条政子の上洛と将軍継嗣問題)。


★参考

『吾妻鏡』によれば・・・政子は、1225年(嘉禄元年)7月11日に亡くなり、翌日、勝長寿院で火葬されたということです。



承久の乱


 北条政子の言葉~承久の乱~


0 件のコメント:

コメントを投稿